2011年05月24日

作業日誌

摘果がある程度進むと、青梨の小袋かけとの同時進行になります。
早い段階で病害虫から守るのと、農薬が実にかからないようにする効果があります。

しかしこれが中々大変で、腕をずっと上に揚げて作業するので
ゆっくり進めようが手早く済ませようが、どちらにしても確実に疲労が溜まっていきます。
赤梨などは病害虫にも強めで、地肌が多少荒れても小売値が変わることはありませんが
20世紀に代表される青梨は、とてもデリケートで
かつ病害虫にも弱いのでこの作業は欠かせません。

最近無農薬農法などが注目されて、よく梨でもやってみるように勧められますが

無理ですね

これだけは断言できます。

時々、この小袋かけを忘れた梨が収穫まで残ることがありますが
見た目から味まで、青梨の特徴を一切備えてないものになってます。

赤梨も袋かけ自体が必要ない、という触れ込みでしたが
実際育ててみると、かなりの割合で虫が食べるので
この小袋の後にやる大袋だけはかけるようにしています。


そういえば、もう田植えの時期ですね。
うちでは訳あって稲は育てていないんですが、この近辺では梨の作業と田植えを同時進行で進めます。

大変ですね。
posted by hirookafarm at 17:01| Comment(0) | 広岡農場日誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月09日

梨の交配無事が終わりました

先月中旬に交配した梨の花が、無事に小指の先ほどの実を付け
今は摘果という作業をやっています。

※摘果(てきか)とは

摘果前.jpg
こうやって一つの株にたくさん付いてる実を

摘果後.jpg
こうやって減らす作業です。


今年は昨年のこともあり、交配には特に気を使いました。
昨年は、ちょうど交配の時期にアイスランドのほうで噴火があり
山には雪までかかっていたような記憶があります。

今年も宮崎県のほうで、2度ほど火山が噴火したというニュースがあったので
気を揉んでいましたが、影響はなかったようです。

まあ、今は日本全国で気を使うべき大問題があるのですが。。。

その話は置いといて

今、鳥取県は天候に恵まれ、我が広岡農場でも藤の花が咲き誇っています。
私の親父が趣味で手入れをしているものなので、さすがに名園とはいきませんが
お近くにお出で際には、お立ち寄りになってご覧下さい。

fuji.jpg
posted by hirookafarm at 10:34| Comment(0) | 広岡農場日誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月05日

防災に貢献された方々のお話

この度の災害で、津波で海に流され屋根の上で漂流していた男性が救助されたり
震災より9日間経って、高校生の孫と祖母が救助されたという奇跡のようなお話がありましたが
今回は、そんな偶然のできごとではなく、日々防災を考えて事前に呼びかけ行動し、結果多くの人たちの命を救ったというお話を紹介したいと思います。

いずれもニュースサイトの記事とリンクされてます。
写真を見られるものもありますので、詳細はニュースサイトでご覧ください。

児童88人を救った「運命の避難階段」 岩手県岩泉町
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110320/dst11032020090083-n1.htm
こちらは町長が小学校の避難方法の不自然さをに気付き
小学校の隣の高台にある国道に通じる130段の階段を2年前に完成させ
避難の時間を短縮させたというお話。

市議の「遺言」、非常通路が児童救う 津波被害の小学校
http://www.asahi.com/national/update/0329/TKY201103290249.html
こちらは昨年12月、小学校の2階と隣の山道に直接つながる通路を完成させ
避難の時間を大幅に短縮し、通路自体は津波で流されたというお話
これを進めた市議自身は震災の9日前に亡くなられてます。

明治の教訓、15m堤防・水門が村守る…岩手
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110403-OYT1T00599.htm?from=main7
こちらは莫大な予算をかけ、多くの批判を浴びながらも高さ15メートルの堤防を完成させ
3000人の村民と財産を守ったというお話。
記事のURLを失念してしまいましたが、別のお話では隣村にも8メートルの堤防があったそうですが
そちらは津波を防ぐことができなかったようです。

手作り避難所、70人救った 10年かけ岩山に 東松島
http://www.asahi.com/national/update/0329/TKY201103290226.html
ここまで市議や町長の熱意が、行政を動かしたというお話を紹介してきましたが
こちらは個人が変わり者扱いされながらも、自分自身の財産で岩山に避難所を作り
ご近所に万が一の場合の避難を呼びかけ、多くの方を助けられたというお話。

どのお話も、震災前はやりすぎだとか、お金の無駄だとか批判を免れられなかったものばかりでしょうけど
現実としてそれによって、多くの命を助けられた人たちがいます。
いずれも末代まで賞賛されてしかるべき方々だと思います。

近年、こういった防災にかけるコストを減らすべきだという論調が多くあり
削減が実行されたものもありましたが、日本はよくよく地震火山津波洪水と自然災害と縁の深い土地でなので
考えを改めて進めるべきだと思いました。


posted by hirookafarm at 15:49| Comment(0) | 広岡農場日誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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