2011年04月05日

防災に貢献された方々のお話

この度の災害で、津波で海に流され屋根の上で漂流していた男性が救助されたり
震災より9日間経って、高校生の孫と祖母が救助されたという奇跡のようなお話がありましたが
今回は、そんな偶然のできごとではなく、日々防災を考えて事前に呼びかけ行動し、結果多くの人たちの命を救ったというお話を紹介したいと思います。

いずれもニュースサイトの記事とリンクされてます。
写真を見られるものもありますので、詳細はニュースサイトでご覧ください。

児童88人を救った「運命の避難階段」 岩手県岩泉町
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110320/dst11032020090083-n1.htm
こちらは町長が小学校の避難方法の不自然さをに気付き
小学校の隣の高台にある国道に通じる130段の階段を2年前に完成させ
避難の時間を短縮させたというお話。

市議の「遺言」、非常通路が児童救う 津波被害の小学校
http://www.asahi.com/national/update/0329/TKY201103290249.html
こちらは昨年12月、小学校の2階と隣の山道に直接つながる通路を完成させ
避難の時間を大幅に短縮し、通路自体は津波で流されたというお話
これを進めた市議自身は震災の9日前に亡くなられてます。

明治の教訓、15m堤防・水門が村守る…岩手
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110403-OYT1T00599.htm?from=main7
こちらは莫大な予算をかけ、多くの批判を浴びながらも高さ15メートルの堤防を完成させ
3000人の村民と財産を守ったというお話。
記事のURLを失念してしまいましたが、別のお話では隣村にも8メートルの堤防があったそうですが
そちらは津波を防ぐことができなかったようです。

手作り避難所、70人救った 10年かけ岩山に 東松島
http://www.asahi.com/national/update/0329/TKY201103290226.html
ここまで市議や町長の熱意が、行政を動かしたというお話を紹介してきましたが
こちらは個人が変わり者扱いされながらも、自分自身の財産で岩山に避難所を作り
ご近所に万が一の場合の避難を呼びかけ、多くの方を助けられたというお話。

どのお話も、震災前はやりすぎだとか、お金の無駄だとか批判を免れられなかったものばかりでしょうけど
現実としてそれによって、多くの命を助けられた人たちがいます。
いずれも末代まで賞賛されてしかるべき方々だと思います。

近年、こういった防災にかけるコストを減らすべきだという論調が多くあり
削減が実行されたものもありましたが、日本はよくよく地震火山津波洪水と自然災害と縁の深い土地でなので
考えを改めて進めるべきだと思いました。


posted by hirookafarm at 15:49| Comment(0) | 広岡農場日誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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